やりたいことと、求められること。重なる場所を探して

自分がやりたいことと、町にとって必要なもの。それらが重なり合うところを見つけられたら、それがその人にとっての居場所になるのかもしれません。11年ぶりに豊浦町にUターンしてきた西川美羽さんは、地域おこし協力隊の活動を通して、自分の得意と豊浦町の重なる部分を探しています。

ヨガ、そしてSUPヨガとの出会い

18歳まで豊浦町で生まれ育った西川さん。高校卒業後、町を出て得意だった「声を使って人前に出る仕事」をするため、紆余曲折を経てヨガ講師として働き始めました。

「普段、頭の中が考え事でいっぱいなんです。でも、ヨガをしているときは体と呼吸、その変化にだけ集中することができる。それがもうたまらなくて、どハマりしちゃったんです」。

ヨガ講師として全国の店舗を転々とするなかたどり着いた和歌山県の海で、SUPをしながらヨガをする「SUPヨガ」と出会いました。「ヨガって室内でやることが多いんですけど、外の、しかも海の上でSUPしながらやると、風や波、太陽の暖かさとか、とにかく全身で自然を感じられるんです」。

この魅力を誰かに伝えたい!と突き動かされた西川さんは、さっそくSUPヨガの資格を取ることに。地元の海でSUPをすることが選択肢に出てきたのは、先輩からの何げない一言がきっかけでした。

「あるとき先輩が、北海道でSUPヨガしてる人ってあんまりいないよねって言ったんです。北海道でSUPかぁ…地元にも海があった!って、そのとき思い出したんです」。

11年ぶりに帰ってきた地元・豊浦町

子どもの頃から暮らしのすぐそばに海があったこと、服を着たまま泳いでいたほど海が身近だったこと。そんな幼少期の記憶がよみがえりました。ちょうどその頃札幌へ転勤することになった西川さん。もともと独立するつもりで働いていたこともあり、地元・豊浦町でSUPヨガをしながら働くことを考え始めました。豊浦町職員に連絡をとった際、地域おこし協力隊という制度を知りました。

「募集があったらぜひ、っていう話をしていたら、たまたまご縁がつながったんです」。

そうして、西川さんは教育委員会に所属する地域おこし協力隊として地元に帰ってくることになりました。ミッションは、「運動で町とつながる」こと。夏にはSUPフェスを開催。普段は子どもたちや町内の女性たちに向けてヨガを教えたり、子どもたちの放課後の遊びをサポートしたり。広く運動に関わることに取り組んでいます。

「やりたいことがあったら、自分で企画書を作って提出してます。ミッションに少しでも関係があれば、積極的に応援してくれる雰囲気があって。前例がないということもあって、とても自由にやらせてもらっています」。

月に一度担当しているラジオ番組「町おこし通信」の収録風景。

地元と移住者、どちらにも寄り添って

一度町から出て地元に帰ってくると、さまざまな変化を目の当たりにしました。通っていた学校がなくなっていたり、素敵な活動をしている移住者が増えていたり。寂しい変化もうれしい変化もたくさんありつつ、一番衝撃だったのは大人たちの町への思いを知ったことでした。

町民に喜んでもらえるイベントを考え実行する大人たちの姿を見て、自分が子どもの頃、周囲の大人たちがいかに町の未来を深く考えていたのかと改めて思い知らされたそう。「豊浦町のことが大好きな大人が多いんだなって。とっても素敵なことだと思います」。

豊浦町で見れる日常の風景がいかに価値あることなのかも、町から出てやっとわかりました。朝起きて、窓から水平線が見えること。夕方、赤く染まった空を見上げられること。坂が多くて、どこからでも良い景色を望めること。「暮らしの背景になっているものが、すごくいい」。地元の人にとっては、きっとあたりまえのこと。それがいかに貴重なことなのか、今の西川さんはよく知っています。豊浦町の自然環境の良さは、移住者が増えている理由の一つではないかと西川さんは言います。

「外に出たからこそ、『こんなにいい町なのに、もったいないな』って感じることがたくさんあるんです。だけど、地元の人が抱いている気持ちも、ここで生まれ育ったからわかるんです」。

身体の健康だけでなく、心も健やかであるために

地域おこし協力隊の活動期間は、目に見えて結果の出ない物事にじっくり取り組むのに向いています。西川さんはその期間を利用して、マインドコーチングというコミュニケーションスキルを身につけようとしています。

「これまで、チームとして働くことが多くて。地域おこし協力隊になって、初めて一人で働きました。必死に走りきった夏が終わって、11月になった頃、ふと精神面で疲れがきてしまって」。

笑顔でそう話す今の西川さんの姿からは想像できませんが、何もできなくなってしまうほど、突然精神が落ち込んでしまったそうです。

そんなときに助けになったのが、マインドコーチングでした。相手の心の中でどんなことが起きていて、どこに向かいたいのかを寄り添い導くお仕事です。

そうして身につけたスキルを、豊浦町の人たちにも還元していきたいと西川さんは言います。西川さんが言うには、豊浦町の人は豊浦のすばらしさに気づいていないところがあるのだとか。「そういう性質なんだと思うのですが、どこか遠慮がちな感じがあって」。

もともと持っている自然環境のすばらしさや立地の良さに見出され、素敵な人がポツポツ移住していることで、マクロな視点では町の魅力がどんどん上がっているように見える豊浦町。けれど町民目線になると、近すぎて町の魅力は見えにくくなるのでしょう。「おこがましいけれど…」と遠慮がちに前置きをしながら、「そんな町をマインドコーチの力でピカピカの素敵な町にしていけたらいいな」と語ります。

無理のない自然体な姿でいられる場所を探して

ヨガもコーチングも、自分の体を通して「良い!」と感じたものを、自分だけのものにするのではなく、周りの人にも教えたいと行動に移している西川さん。そのための勉強も鍛錬も、西川さんにとってはあたりまえのこと。そのすべてが、地元や誰かのことを思う優しさからきているのでしょう。

「これは、ほんのり抱いている夢なんですけど…」とこっそり教えてくれたのは、豊浦町にたまり場のようなカフェ兼オープンスペースを作りたいという構想でした。

パン屋やコーヒー屋など、店舗を持たずイベント出店をしている友人たちが日替わりで出店できるような。職場でも、家でもない、サードプレイスのような。そんな場所がこの町にあってほしいと西川さん。

自分のできることと、町にとって必要なもの。無理のない自然体な姿で、それらが重なり合う場所を探し、作り出そうとしている西川さんがいました。

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